「万人が宇宙に「触れる」楽しみを」
臼田-佐藤 功美子 (国立天文台ハワイ観測所 広報普及専門員)
天文学は、国境をこえて万人が楽しめる科学分野だと考えています。私たちは国籍や人種、使用言語などに関わりなく同じ惑星の住人であり、同じ星空を見上げていることを意識できるからです。そのため、宇宙や天文学について知る・学ぶ楽しみは、あらゆる人と共有されるべきではないでしょうか。国際天文学連合(IAU)は、「2020-2030年戦略計画」(1)で掲げた五つの目標の中に、「目標2: IAUはすべての国で、天文学という学問分野のインクルーシブな発展を促進する」を含めています。さらに、筆者も発起人・世話人の一人で、2019年に東京三鷹市の国立天文台本部で開催された、IAU初のダイバーシティとインクルージョンのシンポジウム(2)の副産物として、「天文学における公平性・多様性・インクルージョンを目指して 最初の一歩を踏み出すための提言」(3)が出版されました。 図1: 2019年11月12日〜15日に国立天文台三鷹キャンパスで開催されたIAUシンポジウム「Astronomy for Equity, Diversity and Inclusion - a roadmap to action within the framework of the IAU centennial anniversary」での集合写真。(クレジット:国立天文台) 筆者自身は、IAUや国内のワーキンググループを通じて、多様な人々と宇宙を楽しみ学ぶ「インクルーシブ天文学」のネットワーク作りに努めてきました。同時に、国立天文台三鷹勤務時には、公開施設見学ガイドの5カ国語版と点字・拡大文字版や、音声ガイド(4)、手話動画解説を作成するなど、これまで情報を届けにくかった方にも楽しんでいただける取組を進めてきました。点字・拡大文字版と音声ガイドは視覚障害者からの意見を取り入れ、手話動画は聴覚障害者や手話通訳士とともに作り上げました。さらに、視覚障害者の方々との懇談を通じて、見える・見えないに関わらず、触って理解できる3D模型の必要性を感じるようになりました。 図2: 国立天文台・三鷹キャンパス見学ガイド 点字・拡大文字版。触地図は、日本点字図書館の専門家とともに作成。(クレジット:国立天文台) 2015年度から4年間、日本学術振興会科研費の助成を受け、3Dプリンターを使った模型作り(5)を行いました。天体の模型や触図は世界各地で作られているのに対し、望遠鏡の模型が少ないことに気づき、国立天文台ハワイ観測所がハワイ島マウナケア山頂域で運用する「すばる望遠鏡」の3D模型を作成しました。この模型がきっかけで、東京都内にある日本点字図書館ふれる博物館にて、2018年に企画展「宇宙をさわる」を監修する機会をいただき、模型も提供しました(6)。2019年には、その発展形とも言える「ユニバーサルデザイン展〜やさしい天文展示〜」特別展が兵庫県の明石市立天文科学館にて開催されました。その後、明石市立天文科学館が主導し、国立天文台、日本点字図書館、仙台市天文台協力のもと、全国科学館連携協議会の「新規巡回展示物の貸出事業助成」を得て、巡回展示「宇宙をさわる」(7)が作成され、展示物一式を使って、全国の科学館・博物館で企画展が開催されています。
図3: 日本点字図書館ふれる博物館 第2回企画展 宇宙をさわる の様子。青いのが、筆者らが3Dプリンターで作成した、すばる望遠鏡の模型。 すばる望遠鏡の3D模型を作ったことがきっかけで、視覚障害者の方々や日本点字図書館とつながることができました。そして、視覚の有無を乗り越える具体的な教材・展示を提示することにより、明石市立天文科学館や仙台市天文台とインクルーシブ天文学の目標を共有することができました。小さな一歩でも、できることから始めると、いろいろな方とつながり、共に創る活動に成長できました。今後も、この活動を発展させていけたらと考えています。 関連リンク (1) 「2020-2030年IAU戦略計画」(IAUサイト、日本語版あり) ⇒ https://www.iau.org/administration/about/strategic_plan/ (2) IAU初!ダイバーシティとインクルージョンのシンポジウムを三鷹キャンパスで開催 (国立天文台サイト) ⇒ https://www.nao.ac.jp/news/events/2019/20191225-iau-sympo.html (3) 「天文学における公平性・多様性・インクルージョンを目指して 最初の一歩を踏み出すための提言」 (日本学術会議 IAU/天文学・宇宙物理学分科会 IAU刊行物和訳版のサイト) ⇒ http://www2.nao.ac.jp/~scjastphys/iau_docs.html (4) 国立天文台三鷹キャンパス音声ガイド (国立天文台サイト) ⇒ https://www.nao.ac.jp/study/mitaka-guide/ (5) 3Dプリンターを使った模型作り (国立天文台サイト) ⇒ http://prc.nao.ac.jp/3d/index.html (6) ふれる博物館 第2回企画展 宇宙をさわる (日本点字図書館サイト) ⇒ https://www.nittento.or.jp/about/fureru/exhibition_02.html (7) 巡回展示「宇宙をさわる」 (明石市立天文科学館サイト) ⇒ https://www.am12.jp/uchu-sawaru/ | 臼田-佐藤 功美子 |
【プロフィール】
臼田-佐藤 功美子
国立天文台ハワイ観測所 広報普及専門員
1998年 東京大学大学院理学系研究科天文学専攻 博士課程修了。博士(理学)。
1998年 ハワイ島へ引越。
2006年 国立天文台ハワイ観測所専門研究職員。地元に根ざした天文学普及活動を行う。
2013年 東京へ引越。国立天文台天文情報センター専門研究職員。(2017年からは特任専門員。)インクルーシブ天文学や、すばる望遠鏡のビッグデータを使って市民が銀河の分類に参加する「市民天文学(シチズンサイエンス)」プロジェクト GALAXY CRUISE(ギャラクシークルーズ)をコーディネートする。
2021年 ハワイ島へ引越。国立天文台ハワイ観測所広報普及専門員。
【著書】
「大宇宙 驚異の新発見 最新の画像とデータで知る現代天文学の最先端」
臼田-佐藤功美子著 河出書房新社(2015年)
「COSMOS コスモス いくつもの世界」
アン・ドルーヤン著、藤井留美訳、臼田-佐藤功美子日本語版監修 日経ナショナルジオグラフィック社(2020年)