Vol.71 「持続可能な新しい教育を目指して」荒木 勇輝


「持続可能な新しい教育を目指して」

荒木 勇輝

はじめまして、荒木勇輝と申します。まず簡単に自己紹介をさせていただくと、私は大学卒業後、日本経済新聞の記者として5年間働き、約2年前に退職・独立しました。現在は、小学生から社会人までが実際のお寺で学び合う「Tera school(テラスクール)」を運営する、NPO法人寺子屋プロジェクトの代表を務めています。私たちが持っているアイディアが何かしら皆さんのお役に立てば良いなと思い、寄稿させていただきます。

さっそくですが、全国にお寺がどれくらいあるかをご存知でしょうか? 大勢の方に話をさせていただく場でこのように聞くと、「500くらい」と答える方から「10万くらい」と答える方まで様々です。総務省の「宗教統計調査」によると、全国のお寺の数は約7万5千ヶ所。コンビニエンスストアが約5万ヶ所、小学校が約2万1千ヶ所ですから、かなりの数になります。ちなみに、文部省(現・文部科学省)が明治23~25年に出版した「日本教育史資料」によると、江戸時代後期には全国に少なくとも1万ヶ所以上の寺子屋があったようです。

当時の日本の人口は約3000万人ですから、かなりのカバー率だったと考えられます。この、誰もが言葉としては知っているけれど実物を見たことはない「寺子屋」(お寺の社会貢献の一環で開催されている子ども会などはありますが、毎週通えるようなものは非常に稀です)を、現代に合った「良い教育」の場として再構築しようというのがTera schoolの試みです。

では、良い教育とは何か。これは教育者の数だけ答えがあるようなテーマです。おそらく皆さんの中にも、なんらかの形で教育に関わり、ご自分の意見を持っている方がたくさんおられると思います。もちろん私たちも、この問いに対する唯一の解と言えるようなものは持っていませんが、現状を分析したうえで「最適解」を探る姿勢は常に持ち続けていたいと考えています。そして、現時点では以下の4つを「良い教育」の必要条件として捉えています。

①日本や世界において人々の働き方が大きく変わるのを前提にしていること
②エビデンス(科学的根拠)に基づいた教育方法を採用していること
③複数の大人たちが子どもたちと関わる仕組みがあること
④長期にわたって持続可能であること

ここでは紙幅の関係で、後半の2つに絞って少し補足させていただきます。
③が重要だという理由は、ヒトがどのような生物なのかという進化的な起源に遡ります。ヒトとDNAの塩基配列が1.2%しか変わらないチンパンジーの出産間隔は5~6年です。授乳期間が4年もあり、その間は母親がほぼ一人で子どもを育て、寝る時もいつも抱いています。一方、ヒトの出産間隔は1~2年で、1人の子どもを育て上げる前に次の子を産むことができます。ヒトの女性は、パートナーや両親、兄弟姉妹、あるいは近くにいる大人たちの助けを前提に子育てをするように進化してきたということです。

ですから、高層マンションの一室で母子が孤立しているような生活は、ヒトが進化史の中で経験してこなかったものと考えられます。最近は都心などで、「コーポラティブハウス」と呼ぶ入居者間の主体的な相互扶助を前提とした集合住宅が増えていますが、そこでの子育ては新しい形というよりもむしろヒト本来の子育てに近いかもしれません。

両親以外のさまざまな大人や年齢の違う子どもたちとの交流は、多様な価値観、外向性や協調性、創造力、情緒の安定性などを獲得するうえでプラスに働くと期待できます。私たちテラスクールでも、小学生・中学生・高校生が集まる放課後教育の場にさまざまな大人を巻き込むことで、こうした効果を狙っています。

そして④は「持続可能性」です。私たちが活動している京都は、100年以上続く老舗企業の割合が全国で最も高い地域です。「先(さき)の戦争と言えば応仁の乱」というのはさすがに半分冗談めいた表現ですが、創業100年以上の企業の経営者の方の多くが「いやいや、私たちはまだ新参者です」とおっしゃるのは事実です。私たちも京都発のNPOとして、また子どもたちの将来に責任を持つ立場として、100年続く事業モデルを構築したいと考えています。

そのために必要なのは「社会資本をつなぐ」ことだと思います。ここで言う社会資本には、経済学における「インフラストラクチャー」(道路・鉄道・空港や学校などの公共施設)と、社会学における「ソーシャル・キャピタル」(社会における信頼にもとづいた人間関係)の両方の意味を含みます。現在の日本には眠っている資本がたくさんあります。

約1500兆円の個人金融資産、特にディンクス(子どものいない共働きの夫婦)の方や定年退職された方の金融資産などはその最たるものでしょう。もちろんそれが美味しいものを食べたり旅行をしたりするために使われることを否定はしませんが、もしそのうちの数%が公益法人への寄付などに使われれば、社会は現在とは違ったものになるはずです。

公共的な側面を持ちながら十分にその役割を果たせていなかったお寺という場所、学校教員を目指し教育実習以外にも子どもたちと関われる場を求めている大学生、子どもが大学に進学するなどして生活に時間的なゆとりができた主婦の方、退職後に地域社会に貢献するような活動に関わりたいと考えている方…私たちの場合は、そうした社会資本をつなぐことを目標にしています。

私たちには大きな夢があります。都市部・郊外・過疎地のそれぞれでモデルとなるような寺子屋をつくり、「進学塾」や「学童保育」と並ぶような新しいカテゴリーとして、学校教育の役割を補完するような「寺子屋」を全国に広げることです。現在はまず都市部でモデルをつくっているところで、登山で言えばまだ2合目あたりですが、この活動をやり抜くことで必ず日本の教育をより良いものにできると信じています。

皆さんが持続可能な社会を目指してそれぞれ活動される中で、どこかでご一緒できる機会がありましたら幸いです。




荒木 勇輝

 

【プロフィール】

荒木 勇輝

(NPO法人寺子屋プロジェクト代表)

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