協働 共創 共鳴の明日を創る
「おばあちゃんとコミュニティ」
京の町家を守り続ける女将、藤田良子さんは京都西陣の町並みと暮らしを、今日も育て続けておられる方です。といっても「ええ加減」が信条のほんものの生活人です。
一昔前の話です。夕方になると日課の玄関の格子を拭きながら町の様子を観察します。
この時間になると玄関先の外灯や格子戸からほの見える部屋のあかりが、「みち」と住まいをつなぎ、みち まち 住まいが一体となった美しい風景が映し出されます。
その藤田家の前をいつも小学1年生の小さな子どもが通り過ぎます。
ひもで吊るした定期券をぐるぐる回しながら、通りをジグザグに歩いて行くのです。
「面白い子やなあ」と普段から思っていた藤田さん。ある日、その子に声をかけてみました。「ぼうや、どこの子?」「この先の美容室」「ああ、あそこの子かいな」
「今日、通知簿もらってん。僕にかて○はあるで」。これは後でわかったのですが、実はこの子、T君はとても勉強が苦手で殆ど×をもらってくる子でした。
「おばちゃん、通知簿見せたげるわ」「そんなん、お母さんにもまだ見せてないんやろ。おばちゃんが先に見てもいいの?」T君は気持ちよく藤田さんに通知簿を見せました。
「な、おばちゃん。○があるやろ」
本当に×ばかりの中に確かに○を見つけることができました。
それは「お腹に回虫がいます○」でした。
これを見た藤田さん、ぼうやの頭を思い切りなでてあげたそうです。
さて町角から会話が少しづつ消え始めたのはいつの頃からでしょうか?住まいの形態や構造が変わり、家族が変わり、地域の付き合い方が変わり、人々の心の変化が見え始め、やがて「誰でもよかった殺人」が起こるまでを今一度振り返ってみる必要がありそうです。
80歳を超えて今なお、お元気な藤田さんとのおしゃべりの中に「肉声」が伝える情報のちからを身に沁みています。
おばあちゃんのスーパーテクノロジーがコミュニティを支えます。
すりーあーるとは詰まるところ人間の知恵の発揮のしどころ。
伝え合いのコミュニティの再生。
その叡智の発見があるからこそ、このプロジェクトの価値があるのだと感じています。
後日談をひとこと。
この勉強嫌いの小学1年生のT君。
その後成人し、ロンドンに渡り作家として執筆活動にいそしみ、京都を題材とした本などを日本で出版してベストセラーを連発しているそうです。
大橋 正明
3R実行委員 ニュースレター編集長