Vol.107 「京都北山における植生の変化~笹藪で覆われていた昔の山~」高嶌 英弘



「京都北山における植生の変化~笹藪で覆われていた昔の山~」

高嶌 英弘


 もう50年近く前の話。
小学生から中学生の頃、週末に友達とよく京都の北山に通っていました。
小中学生だけで山奥まで分け入って無人の山小屋に泊まるというのはかなり危険で、今なら学校が許可しないと思いますが、当時はのんびりしたものでした。


 その頃の北山は、どこまで歩いても全山スズタケやネマガリダケの笹藪に覆われ、林道もほとんど通っていませんでした。
山歩きは、延々続く笹藪のトンネルを分けて進むか(藪漕ぎといいます)、長い長い木馬道(きんまみち:木材を運び出すため木を組んで作られた水平ハシゴのような道)の上を滑らないよう歩くかのどちらかでした。
決して快適とは言えませんでしたが、笹藪のトンネルをかき分け木馬道を辿って山奥に分け入るのは、子供にとってはわくわくする大冒険でした。
小学生だけで北山を超えて周山に降りる道すがら、林業のおっちゃんからこの先でさっきクマが出たから気いつけろといわれ、ビビりまくったこともありました。


 その後、北山は大きく変わりました。
木馬道がすべて林道に変わったのは林業の近代化という時代の流れで仕方がありませんが、全山を覆っていた笹藪がどんどん薄くなり、多くの場所でほとんど見られない状態になっているのは、昔を知っている者にとってはあまりの変わりように驚くばかりです。


 実は、このような傾向は、北山だけではありません。
奈良県の大峰山脈や大台ヶ原、滋賀県や三重県の鈴鹿山脈、静岡県の南アルプス深南部などでも、昔あった笹藪がどんどん無くなっています。
笹藪のなくなった林床は見晴らしもよく、トレッキングするには快適です。
初めて訪れた人にとっては、その快適さはむしろありがたいでしょう。
昔の笹藪の中には、ダニやマムシ、さらにはシカやクマまで隠れていましたから。


 しかし、笹枯れが進んだ現在、林床の保水力は明らかに低下しており、他の様々な植物に影響を与えています。
山崩れの原因にもなります。


 笹藪減少のおもな原因はシカによる食害といわれていますが、何十年に一度の笹枯れが重なった結果であるともいわれています。
大峰山脈や八ヶ岳の縞枯れ(亜高山帯の植生であるトウヒやシラベ等が縞状に枯れていく現象)については酸性雨の影響が指摘されていますが、笹枯れについても関連するかもしれません。
最近、北山の芦生や八丁平など、多くの場所で植生復活のための研究がなされていますが、今のところ、あまり目立った成果はみられないようです。


 昨年の秋に、たまたま札幌近郊の藻岩山を歩く機会があったのですが、全山見事なまでに笹藪に覆われ、いたるところに「ヒグマ注意」の看板がかけられていました。


 -そうや、昔の北山もこんなんやった。
藪の中からクマが出てくる山やった。
笹枯れの研究と対策が進み、京都の北山が子供や山屋のワンダーランドに戻りますように。


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 藻岩山頂上付近の植生。
林床が一面、大人の背丈ほどの笹藪に覆われている(2017年撮影)。

 

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高嶌 英弘

【プロフィール】
高嶌 英弘(たかしま ひでひろ)

京都産業大学法学研究科教授
京都産業大学という京都の北のほうにある大学で、民法、消費者法、医事法を教えています。
消費者教育の内容と体系化にも関心を持っており、今後は環境問題を含めた消費者教育のシステムを充実させる必要があると考えています。

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