Vol.44 紙の無い紙芝居 ―――ペーパーレス・マンガは成立するか――― 牧野圭一


紙の無い紙芝居―――ペーパーレス・マンガは成立するか―――

牧野  圭一


敗戦で日本全土が焦土と化した時、東京銀座の焼け跡に立った漫画家の大先輩、横山隆一先生は、私の師、近藤日出造、杉浦幸雄両先生と一緒に、日本中に漫画家は何人いるだろうか?と、指を折って何度も数えてみたと申します。「彼は日本画家だけれども、漫画も描くから・・・」と、仲間に入れて数えてみたけれど、どうしても10指に満たなかったねと、しみじみ語って下さったことがあります。

日本は、戦争によって全てを失いました。家や食料品は無論、当時「娯楽」と呼ばれた楽しみや、衣服や書物も皆、灰塵に帰した厳しい時代。やっと命を取り留めた復員兵が帰還した郷里にも、職も無く、灯りさえもない辛い日々が長く続いたのです。

そんな環境の中で、家族の中で絵を描けるものがいたら、ボール紙に物語を描いて「紙芝居」仕立てとし、その日の糧とすべく動き始めた人々がいました。

多くは、復員兵の家族であったといいます。自転車に紙芝居舞台と水飴,カタヌキ等を積んで、街角や空き地を回って口演し、日銭を稼ぐ「紙芝居のおじさん」達が出現したのでした。

最盛期には全国で5万人もいたということです。この後、「赤本」という、漫画の出版物が生まれ、貸本屋時代に続くのですが、漫画家手塚治虫氏の登場を機に、爆発的なマンガ・アニメのブームが起きることになります。

紙芝居をその端緒とするのが、近代「物語マンガ」研究者の通説になろうとしています。        

キオスクで販売し、大量に消費されるマンガ雑誌は、分厚い製本のイメージと共に、大衆文化であるマンガ・アニメの象徴的な姿になっています。

いや、カラー写真と大きな見出し文字で通勤客を刺激する新聞、週刊誌の類も同様。キオスクの売店とグッズ類!スタンド全体が、大量消費社会の申し子であるとも申せます。自動販売機の氾濫も、コンビニも・・・巨大スーパーマーケットも!!・・・と繋がれば、キリがありませんが、ここでは、あの重量級のマンガ雑誌に絞ってお話しましょう。

終戦時の焼け跡で、どう数えても10人に満たなかった日本の漫画家数は、今や、社団法人:日本漫画家協会でさえ、把握できないほどの大きな数字になっています。「ジャパニメーション」と呼ばれるアニメーション制作に従事する人々の数も含めると、何処まで広がっているか・・・把握できないほどの内容と人数です。読者の層も、子ども、青年層から高齢者にまで達し、深く受け入れられています。

わざわざ「成人向けマンガ」と銘打たれる作品が掲載されるほど。『いい大人が満員電車でマンガなんか読んで!!』という、定番の批判の声も、今までの激しさとは趣を異にしているようです。

 

私は、日本のマンガ・アニメ文化は既に爛熟期に入っていると、受け止めています。

分厚い物語マンガ雑誌のあの重量感と、通勤・通学電車の中でページを繰る楽しさは、読者にとってはきっと一体のもので、切り離して論じることは出来ない程の魅力をもっているのだと思います。

「ペーパーレス時代」が声高に喧伝されても、今すぐキオスクから新聞や週刊誌が消えてしまうことはないでしょう。      

しかし一方、電子書籍、電子出版の流れが速くなってきたのも現実で、分厚い雑誌にとって変わるシナリオは、確実に機能するのだと考えています。電車やバスの中で「スマホ」の虜になって、その世界に没入している人々を観察すれば、もう、誰にも押し止めることが出来ない大きな潮流であることが分かります。

―――――となれば、表題への結論は、【いずれペーパーレス時代に移行する】となります。


3Dプリンターのような革命的な技術だけでなく、一見、小さな発明品や技術が、文化表現の現場を大きく変えて行きます。

3月10日、京都大学時計台ホールで催された『3R国際エコ学会』会場での関連展示は画期的でありました。四双の金屏風にセットされたマグネット・ボード。この表面に、マグネット・シートに描いたエコ漫画のピースを貼り付けてみたのです。実験的な展示ではありましたが、「場」の設定と相俟って、「ペーパーレス時代」の一端を担うだろう可能性を、現場で確認することが出来ました。 

京都造形芸術大学では、マンガ学科の授業に【紙芝居】を取り入れていますが、「マグネット・シート紙芝居」が可能と分かれば、《紙のない紙芝居》が実現するかもしれません。―――それは即、白板とマグネット・シートを駆使した、【スーパープレゼンテーション】の訓練になる筈です。 



解説のための作例:B

牧野自画像

肉眼で見えないものに人格を与える。等身大にすることによって「対話」「自己主張」させる。このとき【私】と【癌】は象形文字的側面を明確にしている。【饒舌な象形文字】だ。





牧野圭一


【プロフィール】
牧野 圭一
1937年愛知県生まれ   漫画家
1976年から約15年間読売新聞に政治漫画連載
第13回文藝春秋漫画賞
1985年ブルガリア・ガブロボ諷刺とユーモア國際ビエンナーレ展招待作家
1991年愛知県豊橋市美術博物館において「牧野圭一ユーモアART展」
高知県まんが甲子園企画参画、選考委員
社団法人日本漫画家協会事業担当理事
京都国際マンガミュージアム  国際マンガ研究センター長
(前)北沢楽天顕彰会会長・ユーモア発明クラブ会長
京都精華大学 マンガ学部初代学部長 名誉教授
(現)京都造形芸術大学マンガ学科教授

出版物
「視覚とマンガ表現」上島豊氏と共著:臨川書店
「マンガをもっと読みなさい」養老孟司氏との共著:晃洋書店
「“感覚的”マンガ論」日本放送出版協会

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