東京おもちゃ美術館訪問記
山口茂子(東京都)
◎みなさん、こんにちは。東京在住の山口茂子です。第4回目は、東京四谷にある「東京おもちゃ美術館」(http://goodtoy.org/ttm/)訪問記録です。 東京おもちゃ美術館は、数万点のおもちゃを常時展示、子どもたちに健全な「おもちゃ遊び」の場を提供するミュージアムで、認定NPO法人日本グッド・トイ委員会によって運営されています。 東京おもちゃ美術館では、11月12日(金)に、認定NPO法人日本グッド・トイ委員会理事長である多田千尋さんを講師にお迎えしたイベントも企画しています。つたない記事ですが、これを読んでご興味をもたれた方は、ぜひともご参加をお待ちしています。 “地域に愛された歴史ある廃校を利用して” お知らせから始まりましたが、まだ猛暑が続くお盆休み、子供たちにとっては夏休みの真っ只中、事務局長の馬場さんにご案内いただいて、東京おもちゃ美術館を訪問してきました。 10時少し前に到着した私は、「開館は10時です。少しお待ちください」と書かれたボードの前であたりを見回していました。そこへ開館が待ちきれないといった様子の小さい子供とお母さんのペアが何組かかけつけてきます。係りの人が「どうぞ」と声をかけてくれるのと同時にみんな階段を昇って受付を目指します。 受付の親切な女性にお取次ぎをお願いし待っていると、おもちゃ美術館のロゴカラーのような真っ赤なTシャツをお召しになった馬場さんが、にこにこしながら迎えてくださいました。工作室のお掃除の合間にお時間をとってくださったそうです。さっそく、館内を見せていただきます。 東京おもちゃ美術館の特徴をあげればきりがありませんが、まずひとつは、実はこの美術館は、昭和10年に建てられた小学校の校舎を改築して利用しているということです。昭和10年といえば西暦にして1935年です。改築で多少新しい設備も整備されているとは言え、今年で75年目になる建築物です。 果たして、そんなに古い建物で大丈夫なのだろうか? という心配はないようです。というのは、元の小学校を建造するときに、地域の人たちに寄付を募ったところ予想を超えてたくさんの資金が集まり、小学校としてはかなり立派な造りになり、さらに戦災の被害からも奇跡的にのがれたというすばらしい建造物なのです。使えるものは、安易に壊したりせずに脈々と受け継ぐ、そういった知恵や工夫は3Rの考えそのものです。 もちろんエレベーターの設置など、今の時代でも必要なものはしっかりと整備されています。さらに美術館として改築するにあたっては、数々の美術館を手がけられている第一人者、砂田光紀さんを中心にたくさんの議論や検討が積み重ねられており、その資金も多くの人の善意に支えられているというお話です。 つまり、この建物は、地域の人に本当に愛されてきたものであり、多くの人の思いが詰まった建物なのです。 馬場さんに言われて見ると、天井は高く開放感のある教室、階段や手すりもしっかりとしており、まったく老朽化は感じらません。 小学校とは思えない天井の高さです。このため、教室はとても広々見えます。手すりは木の突起がついていて、つかまりやすくなっています。窓の外には校庭が広がります。 エントランスの看板の周りを囲むのは、一口館長として支援をした方々のお名前が刻まれた積み木です。タレントの西村知美さんのお名前もあるそうですよ。 “元小学校ならではの魅力にあふれて” さて、では小学校はどのようにおもちゃ美術館に生まれ変わったのでしょうか。 この美術館は普通の美術館とは少し違うところがいくつかあります。ひとつは触れたり実際に遊んだり体験したりできるコーナーが盛りだくさんだということです。貴重なおもちゃが神妙にガラスケースにおさまってロープが張ってあってというものばかりではありません。 それに、よくある美術館は、広大は展示室があり、そこをぐるぐる回るようになっていますが、ここには元小学校ならではの不思議な空間がたくさん作り出されています。内部にはテーマ別にいくつかのお部屋が用意されていますが、それぞれが特徴的で、お部屋を移るたびに思いがけない空間に出会うことができるように演出されています。もう1つ意外なのは照明です。子供のための美術館というとお日様のように明るい空間をイメージしますが、ここでは、シックな落ち着いた間接照明が使われています。それがあちらこちらに作られた不思議な空間と相まって独特な空間を創出しています。 受付を抜けてすぐの部屋は「グッド・トイてんじしつ」。日本グッド・トイ委員会が選定した歴代のグッド・トイが紹介されています。ここは展示物を眺めるコーナーなので、触りたい気持ちを抑えてわくわく感を高めます。 次は企画展示室です。この日の企画はロシアのおもちゃ展。日本とは異なった感性で作られたおもちゃの数々が楽しめます。 そしていよいよ触って体験して楽しめる「おもちゃのもり」です。この部屋は靴を脱いで上がります。木の感触が何とも言えず心地よいお部屋です。馬場さんも「足の感触が気持ちいいでしょう?」と笑顔です。中央に設置された2階建てのセンターハウス(大人はかがまないと頭をぶつけてしまいます)を囲んで木の砂場や木を生かしたおもちゃや小さなコーナーが点在します。 センターハウス2階に昇る木の階段です。 子供の頃、こういう小さいおうちにあこがれませんでしたか? センターハウスの写真の木材にそこかしこに見える黒い点は木の節です。ここでは、住宅などに使用できない木材(間伐材)を生かしているのです。正しく木を伐採して使うことは、森を育てることにつながります。この展示活動は、林野庁も大変注目しており、さらにNPO法人日本グッド・トイ委員会では「木育にっぽん21」という木育関連事業を通じて、様々な活動を展開しているそうです。 林野庁長官からの感謝状です。 2階はここまでで、次は3階です。 階段を昇ってすぐは「おもちゃこうぼう」です。ここでは、毎日、おもちゃづくりに挑戦することができます。作るものは身近なものを利用してできる工夫がいっぱいのおもちゃです。もちろん指導してくれる経験豊かな学芸員の方もおられます。この日は、開館直後だったこともあり、男の子が一人だけでしたが、何やら没頭して一生懸命手を動かしていました。子供の頃って、こんなふうに夢中で何かしたことをちょっと思い出しました。 ここからさらに楽しいお部屋は続きます。 楽しく遊べる「ゲームのへや」は、その名のとおりゲーム専用の部屋ですが、部屋の中央に据えられたテーブルサッカーは本当のサッカー選手が来て指導をしてくれることがあるそうです。子供も大喜びですね。ほかには有名なオセロゲームもあります。これもオセロゲームのチャンピオンが来て教えてくれるそう。 素朴なゲームが並びます。 続いて、「おもちゃのまち あか」です。この部屋も今までとはちょっと違う雰囲気です。テーマは日本の伝統的なおもちゃで、何と本格的な茶室まであります。もちろんサイズは子供仕様ですが、本当にお手前を習うことができるようになっています。中央には茶釜だってあります。 そのほか、お馴染みのけんだまやお手玉、こま回しなどもあり、私もついついけんだまを手にとって、空いていたのをいいことに熱中してしまいました。 和風テイストのレトロな空間です。中央;覗かないでくださいという穴を覗いたところ。小さな屋台のようなものが並んでいました。右;正式なお茶会もできる茶室。中央の四角い穴には茶釜があります。 こま回しコーナーには子供サイズの小さないすも準備されています。 最後は「おもちゃのまち きいろ」です。ここには、ひらめきや発見が満載の科学おもちゃや木を使って美しく作られたお店やさんなどが用意されています。ごっこ遊びは子供の大好きな遊びです。 木製のお魚や野菜がきれいに並びます。 これらのお部屋のほかに廊下にもおもちゃは置かれて、楽しい空間づくりがなされています。建物の隅々まで、こどもたちに楽しんでほしいという気持ちがいきわたっています。 廊下も楽しい遊び場になっています。 “遊び方をまなぶ” こんな素敵なおもちゃ美術館で子供はどのように遊ぶのでしょう。 もちろん温かく見守るお父さんやお母さん(こども美術館は大人と一緒でないと入館できないので)のもとで、学芸員さんに教えてもらいながら、楽しく遊びに興じるこどもたちもたくさんいるのでしょうけれど、なかには遊べないこどももいるそうです。 一から十までお膳立てが整っていてストーリーが完成しているコンピューターゲームと違って、ここにあるおもちゃは自分から働きかけないと楽しむことはできません。コインを入れたら勝手に動くわけでもなく、負けそうだからといってリセットボタンを押すこともできません。画面上のルールに従って操作をしていれば経験値があがったりアイテムを手に入れたりできるものでもなく「何をしていいかわからずに立ちすくんでしまうこどもがいるんです」と馬場さん。なかには、入ってすぐに「つまらない」と言って怒って帰ってしまった人さえいるそうです。 そうしたなかで、ここに来て遊び方を教えてもらってから、こどもの遊び方がかわったと喜んでいるお母さんもいたそうで、そういうエピソードは伺っていても温かい気持ちになります。 このこどもたちの遊び方をサポートするのが学芸員さんたちです。各部屋にスタンバイする赤いエプロンをしたスタッフの方たちは、きちんと講習を受けた「おもちゃと遊びの専門家」なのです。いつもさりげなく部屋の隅々に気を配り、こどもの仕草や表情をみて、すっと手を差し伸べているようです。 たとえば、見ていておもしろいのは「ごっこ遊び」だそうです。おままごとをする様子などを見ていると家庭の様子もわかってしまうらしい。ちょっとコワイですね。 “3Rとおもちゃと遊び” たとえば良質な木製のおもちゃは、代々使うことができます。手垢で黒ずんだりすることもあるかもしれませんが、プラスチックの汚れと違ってきっと素敵な風合いと歴史を刻んでいくことができるような気がします。あまりにも汚れたら磨き直したり、色を塗り替えたりしてもいいかもしれません。 欲しいものをすぐに買って、流行が終わったり、新製品が出たらすぐに買い換えるのは、やっぱりもったいないと感じます。 紙パックやストローで工夫して自分で作ったおもちゃで遊べば、モノの大切さを学べるかもしれません。 間伐材を利用して作れば、健全な森づくりにも役立ちます。色とりどりに着色した四角い木々があるだけで、想像力を駆使しながら積み木遊びができます。少し大きくなったら、のこぎりやかなづちの使い方を習いながら、自分で何か作ってもいいかもしれません。 シンプルで素朴なおもちゃで遊ぶには、想像力を働かし、手や体を使って、工夫をしなくてはなりません。こどもたちにとって、おそらく遊ぶことは大切な仕事です。大人なら大切な仕事の道具は、より良い仕事ができるものを選びます。速度の速いパソコン、書きやすいペン、使いやすいスケジュールノート。 こどもは、感性や想像力や忍耐力、そのほかのいろいろな要素を養ってすてきな大人に成長していくために遊びを必要としているのだとしたら、コンピューターゲームやお友達と同じ流行のおもちゃを買い与えておしまい、で果たしてよいのか、それにもしかしたらこども自身、本当に望んでいるのはこういうおもちゃなのではないのだろうか。そういう想いが湧き上がってきました。 環境問題のなかに、不法投棄であったり、ポイ捨てだったり、一人ひとりの行い次第で解決できそうな問題もたくさんあります。少なくとも他者を思いやることのできる感性が備わっていれば、人に痛みを与えるような行動はできないはずです。 こどもたちが楽しい豊かな正しい遊びを学ぶことは、よりよい環境づくりにもつながっていくに違いない・・・などと考えながら、最後は売店でおみやげを購入、そして実は空いているところを狙ってちゃんとゲームも楽しんだ充実の半日でした。 最後に、お時間を割いていただきました馬場さん、そしてご親切な対応をしていただきましたスタッフの皆様ありがとうございました。末筆ながらお礼を申し上げます。 両手でひもをあやつってボールを穴に落とさないように黒の線をなぞります。結構難しい。 私のフェバリットキャラクター パンダの手ぬぐいと木製のバランスゲームです。 |